未開の地・江戸で団扇屋を始めた初代『伊場仙』の商才
団扇に扇子、便箋やご朱印帳などの和紙製品を取り扱う『伊場仙』。創業者の生まれ年である天正18年(1590年)を創業年とし、およそ400年続く老舗店だ。現在の当主・吉田誠男さんで14代目となる。「初代は浜松市の伊場町の出身で、正式な名前は『伊場屋』なんです。尾張出身の人なら『尾張屋』、三河出身の人が『三河屋』と名付けることも多いでしょう。また代々『仙三郎』という名前を襲名しており、お客様が伊場屋仙三郎を略して『伊場仙』と呼んだのが始まりです」。
初代は1600年頃、徳川家康公に仕えて江戸に訪れた。「最初は江戸の街の開発をする土木業をしていたそうです。慶長年間に江戸の開発が終わってしまうと、家康と一緒に来た人たちはみんな三河に帰っていきましたが、私どもの創業者はこの場所に残って、紙や竹を全国から仕入れ、江戸中に売っていたらしいんです」。
しかし、紙と竹という資材の販売だけでは、なかなか儲かりにくかった。「次第に競争が激しくなって困っていたところ、紙と竹がそばにあるのだから団扇でも作ってみようかと始めたんです。それが『江戸団扇』と言われているものです」。
「真っ白な団扇では買い手がつかないので、団扇の表に何か印刷をしようと。そこで、浮世絵と同じような木版技術を使って柄の印刷をしていました。それが功を奏し、歌川豊国や広重などの著名な絵師たちが参画し、団扇の印刷だけでなく浮世絵の出版まで事業が広がりました」。当時はまだ未開の地であった江戸で、新たな商売を成功させた初代は、類まれな商人の勘を持っていたようだ。