建築デザインでの経験を経師の道へ生かす
「経新堂 稲崎」の表具師・稲崎知伸さんは、経師の仕事に入る以前は建築デザインに携わっていたという。「建築設計の学校に通って、そこの講師をされていた方の設計事務所に勤めて3、4年ぐらい働きました。その間に建築士の免許も取りましたね」。
建築設計の道を経て、学生時代から手伝っていた家業に戻ってきた形だ。「うちは表具以外に内装などもやっていますので、僕が内装の設計まで携われることになって、今の仕事の内容を広げられたというのはありますよね。あと、こういう仕事ってまずは想像して作りますから、建築の設計をやることによって想像力が養われたと思います」。
表具師の仕事の難しい点を尋ねると、全てだと語る稲崎さん。「昔の作家さんの絵など、替えのきかないものを扱っていますしね。もし我々が失敗したらもうその作品は二度と世の中に出ないことになってしまうので、失敗が許されない仕事です。慎重に作業しないといけないですね」。
「表具に使う糊は水分です。水分が入ると紙って弱くなりますよね。弱った状態で裏打ちしていくので、紙の取り扱いはとても難しいです。10年くらいは修行を積まないと、本当の作品は触らせてもらえないと思います」。
様々な道具と技術を要する表具の制作は、長年の経験と根気が必要な仕事だ。「この技術には完成がないですから、常に修行中です。どんどん素材やものも変わっていくし、終わりがない修行ですよね」。表具師としての道のりは、まだ始まったばかりなのかもしれない。